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    学校が好き?
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      2007年は、今まで気付くことのなかった内なる葛藤と出会い、
      意識化し、手放すことができました。

      葛藤や過去世からの不要な感情など
      ネガティブなものばかりというわけではなく
      さまざまな気付きやビジョンも数多く。

      進化の自然なタイミング、
      プラス「ミスティカル・ノウイング・スクール」の
      ハードな課題レポートのおかげです。

      そのうちのひとつは、学校に対する思い。

      学校は好きですか?

      大学を卒業し、就職試験が終わった時、
      もう、テストもレポートもない! と喜んだことを思い出します。

      しかし、現実にはそうはならず、
      その後、趣味の某国語検定試験をはじめ
      幾つかの資格試験を受けることに。
      さらに、ヒーリングの分野では、
      某エネルギー・ワークのアドバンスコースに、
      義務付けられていたレポート提出と卒業論文。
      そして、昨年の「ミスティカル・ノウイング・スクール」へと続きます。

      振り返ってみれば、最初の頃は、好きなだけに、
      ほとんど違和感を持つことなく、難なくクリアしていました。

      しかし、水面下では、何かが着々と解放されつつあったようで、
      2007年になり、スクールに在籍中、
      自分がこういったシステムを
      許容できないところまで変化していたことに
      気付くことになったのです。

      一生懸命努力して、頑張って、
      レポートを規定の期限内に仕上げ、提出して、
      テスト勉強をして、テストに合格し、
      単位や資格の認定を受ける…、
      というのは、現代の一般的な学校のシステムかもしれません。

      渦中に浸りきって繰り返しやっていくうちに、
      次第に無感覚、自動反応的になる一方、
      無意識では、
      これを受け入れないといろいろな面であまり嬉しくない結果になる、
      ということをわかっているのかも。

      まあ、こんなものか…、と思いながら
      小学校から始まって、少なくとも義務教育の間、
      多くの場合、高校か大学卒業までは、
      このシステムの中で過ごし、サバイバルします。

      そして、場合によっては、社会人になった後も…(?!!!)
      ユニティに向かいつつある今…(だというのに!)

      このシステムには、画一性だけでなく、
      分離のサイクルの二元性が見えます。
      たとえば、全員が同じ時期に、同じペースで、
      選択の余地なく同じ課題。
      ある時点で、優れている・劣っているというふうに評価を行い
      前者は認定して資格を与える。

      レムリアの古い記憶か、
      または未来世のビジョンなのか、定かではありませんが、
      今、私がみる学校のイメージとは、
      誰もが、自分に合った学びの方法を選び、
      学びたいことを、自発的に、楽しく、自由に、デザインする。
      互いに比較しあう必要がなく、他者から管理・監督されることもなく、
      外側からの評価によって優劣をつけられることもないというスタイル。

      その前提として、
      ひとりひとりが、何かを頑張って成し遂げなくても
      存在そのものを価値あるものとして認め合い
      誰もが、個性や才能を、その人に合ったペースと方法で開花させ
      在るがままで互いに貢献しあっているユニティの共同体があるはずです。

      学びとは、本来、自発的なものではなかったでしょうか?
      人が何かを学ぶ動機は、
      本当にそれをやりたいから、ということに尽きると思います。

      12年〜20年くらい、画一的で旧式の学校のスタイルに適応した後、
      大人になっても、これに疑問を感じることなく、
      別のシステムの可能性に意識をひらくこともなく、
      あえて自ら進んでこれを続けるのだとしたら、
      それは、来るべきユニティの世界に向かって自分を進化させるために、
      古くなった葛藤を浮上させ、無意識に解放しようとする
      最後のもがきであるように思われてなりません。

      そういう意味では、深くて重要な意味と目的があることになります。

      成人してからの学びは、
      慣れ親しんだ古い学校制度のシステムほどは
      強制力がないだろうと思い込んでいたのですが
      2007年7月、スクールに入学し、思いがけず、
      久しぶりに、学生時代のような日々が始まりました。

      毎日ワークを行い、
      毎週、提出期限までにその課題レポートを提出する、
      おまけにそのレポートに対する駄目出しまである、
      これは、事前に予告されていないことでした。

      次々に課題をこなす、慌ただしく忙しいスクールライフを、
      数ヶ月の間、続けているうちに、
      かつての自分とはすっかり変わった意識に気づき、
      学校観を再確認できたというのは
      逆説的な成り行きであり、ちょっと皮肉な感じもしています。

      posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 14:00 | comments(0) | - |
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