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    自分を癒す最適なタイミング
    0
       

      13000年周期のシフト。

      まもなく、そのピークに到達すると、
      聞いたことがあるでしょうか?

       

      癒しと進化を促すエネルギーが、地球に降り注ぐ今、

      これまでだったら、数倍の時間と努力を要する癒しと進化が、

      強力に促されて、とても楽に進みます。

       

      めったにないチャンス、

      というよりも、最初で最後の絶好の機会。

      今、地球上に転生している人は、

      皆、このことを知って、
      意図的に転生を計画してきていると云われます。

       

      そう云われてみると、そんな気がしてきませんか?

       

      進化などという言葉は、ちょっと大げさでしょうか。

       

      が、変化していきたい衝動や、

      「このままでいいの?」という魂からの呼びかけを

      直感やインスピレーションとして受け取っていませんか?

       

      そんなに頑張らなくたって、癒しは、自然に起こります。

      誰にでも自然
      治癒力があり、
      時間も味方してくれます…。

       

      放っておいても、数転生を経るうちに、

      どんな傷も癒えていくでしょう。

       

      長い間、持ち続けているカルマ、トラウマ、心の傷。

      自分を癒す時、必要以上に苦しむ必要はありませんが、

      それでも、ひととき、良い気分にさせてくれるものだけが

      癒しではないということを、

      セラピストとして、やはりお伝えしないわけにはいきません。

       

      ひとときのよい気分は、

      波動を一時的に上げてくれますが、

      その先に、自分をクリアに見て、癒す意図を持つならば、

      どれほど深い痛みも、後悔も、ネガティブな感情さえも、

      あなたが望むとおりに、解放していくことができるのです。

       

      傷口から目を逸らしていると、

      気付いていないとしても、

      意識は幾度もそこへ戻っていき、留まります。

       

      そのうちに、傷に対して、完全に無意識になっていきます。

       

      けれども、ひとたび、癒す意図を持って

      向かい合おうとするなら、

      その時は、少しエネルギーが要りますが、

      もう二度と、後ろに引き戻されることは無くなるでしょう。

       

      たとえ痛みや傷であっても

      数年間から、数世紀の間、共に過ごしていると、

      手放すことなど思いも寄らなくなり、

      手放した後の変化に、強い怖れを持つかもしれません。

      jまるで、自分の一部が欠けてしまったかのように。
      自分が自分でなくなるかのように。

       

      怖れても、怖れなくても 、

      遅かれ早かれ、変化することを避けられないのが、

      現在の状況なのだと思います。

       

      自分を癒す意図と、

      変化を怖れない少しの勇気。

       

      もっと素晴らしい自分を想像し、

      そのイメージが、本当に現実となる時です。

       

       

      魂の癒しとスピリチュアルな進化をサポートする


      魂の癒し 叡智・愛・無限





       

      posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 18:35 | - | trackbacks(0) |
      アセンション、地球を去る日のひとつの選択
      0
        アセンションに関する本を見ていると、
        その時に備えるための生活の仕方、きめ細かいアドバイス、
        準備の方法、移行を助けるさまざまなワークの紹介、
        なかにはかなり修行モードのものもあり、
        ユニティの社会情勢を描写してみせてくれるのも。

        空前絶後の一大イベント、
        多くの本に共通して、
        期待と喜びがあふれていると、私には感じられるのですが、
        あなたの周りでは、どんなふうに受けとめられているでしょうか?

        何事も、意図しないことは起こらないので、
        その人が考えているそのとおりになるのでしょう。
        こう書くと、このうえなくシンプルで判りやすいものですね。

        *青蓮の輪* のセッションやセミナーにいらっしゃるクライアントさんは
        真剣に( ! ) 霊的な進化に取り組んでいらっしゃる方が多く、
        アセンション、早めにできるといいですね〜、 
        というお話も、最近はけっこうあるのです。

        「新 光の12日間」を読むと、
        そう意図するだけで、特別なトレーニングをしなくてもできる、
        と、簡単に書かれていて、その気にさせてくれますね。

        クライアントの皆さまの意気込みを頼もしく感じながら、
        12日間が終わる前に、
        たとえば来週、アセンションしてもよいのだ、
        と少しワクワクしてみるものの…、
        実は、アカシック・レコードを読むと、
        おそらく私はしないことになっているらしく、
        現在の「してもよいような気持ち」と、「しない可能性大」の間で、
        なぜしようとしないのだろうかと、あらためて考えてみています。

        多くの人々が、葛藤なく、体を光に戻して
        次元上昇するというアイデアは素晴らしい。
        見たり聞いたり読んだりするたびに、
        自由、解放といった言葉が思い起こされて、
        本当に嬉しくなってしまいます。

        でも、自分に置き換えてイメージしてみると、やはり、難しい…。

        どうも気が重い…、その理由は、
        地球をとても好きで、気に入っているから、らしい。

        旅行していて、訪れた土地を気に入ってしまったら、
        移住しようとするか、それが無理ならば、
        できる限り長くそこに滞在したいと思う、
        それと似た感覚かもしれません。

        しかも、二元性が終わりユニティが始まる 2036年に、
        私は ○○歳。 
        この人生の残りは、もうそれほど長くはないのです。

        それならば、地球次元での日々を、最後まで楽しみ、
        自分がこの転生で行うと望んだことを、出来る限りやり遂げたい、
        それが率直な気持ちだとわかりました。

        自分で決めてきたことですから、深く納得できるのです。

        進化に終わりはなく、地球次元を卒業するのはいわば暫定ゴール。
        アセンションも覚醒も、自分の本質を知り、
        葛藤を捨てて自分を癒すことから、
        可能性が開かれていくと云われます。

        ひとりひとりの転生のプランと選択は神聖であり、
        傍から何かを云えるようなものではありません。。

        今は、大きなシフトの真っ最中ですから、
        この先、どのような変化が自分に起こるのか想像もつかず、
        そのために、一応、2009年2月1日現在の心境と
        注記をつけておいた方がよさそうですが、
        自分自身を癒して進化しながら、
        他者のアセンションと覚醒のプロセスを応援したいし、見届けたい。
        そして、アセンションを選択しない人と共に居て、
        地球を去る日までサポートしていきたいのです。

        posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 19:16 | comments(0) | - |
        今生は新しい創造  前世を手放す
        0

          過去生と関係のあるものは、何となくわかるものです。
          旅行したい国、惹かれる風景、
          好きな食べ物、趣味、特技、習い事など…。

          何かにふと思い当たる体験を、何度か繰り返すうちに、
          やがて、日々の出来事や出会う人のどれもがみな、
          自分の魂の本質と関わりのあるユニークなものであることに
          気づいていくのではないかと思います。

          それは、突然、視野が大きく広がるような、
          驚くべき(!)気付きです。

          過去生や前世に関心を持ち始めると、
          かつて自分はどんな人で、何をしていたのか?
          一体どんな一生をおくったのかと、
          ワクワクしながら、次々と探求をしていきたくなるものですね。

          過去生で一緒だった人に感じるつながりや懐かしさ、
          あるいはカルマ的な因縁にも、興味は尽きることがありません。

          一生のうちのある時期に、特定の過去生との強い結びつきが感じられて
          何かを完了させてしまうと、また、次の局面を迎える…、
          こんな風に時が過ぎていくのかと思うと、
          ちょっとしみじみとして、感慨深いです。

          けれども、何年か前に、宇都宮正洋さんの勉強会で
          「この人生は、新しい創造である」というお話を聴いたことがあります。

          過去生で行っていたことには、確かに強く惹かれます。

          しかし、過去と同じことや、似たようなことを繰り返すために、
          今、転生しているのではない、
          この人生の意義とは、過去生にとらわれず、
          これまでに経験したことのない、
          クリエイティブで新しいチャレンジをすることなのです。

          このことを聴いた後、数年が経過して、
          直前の過去生からの大きくて重かったエネルギーがなくなった今、
          頭で理解していただけの言葉の意味が、
          ようやく腑に落ちて、そうなのだ( ! ) とわかり、
          これからは、今生オリジナルの新しい体験を創造していこうと思いました。

          …といっても、もしかすると、
          あまりぴんとこない方もあるのではないかと思います。

          今、まさに、過去生から持ち越した課題と向かい合い、
          完了させようとしているのならば、
          新しい創造どころではないでしょう。

          過去生からの課題は、全力で取り組むに値する大切なテーマです。
          でも、頭の片隅に、この言葉を置いておくのは、
          いずれきっと役に立つことだと思うのです。

          進化の途上のどこを歩んでいるとしても
          私たちは、創造主、または根源の「分け御霊」として
          あらゆる可能性を創造で満たしていく存在なのですから。

          地球が13000年周期の大きなシフトを迎えている時期、
          いずれ、といっても、そう遠い将来ではないはずです。


          posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 20:35 | comments(0) | - |
          あるイギリス人の物語   前世を手放す
          0

            「彼」はイギリスに生まれ、外科医を志します。
            大学における医学のトレーニングがまだ終わるか終わらないうちに、
            折しも始まった戦争のため、
            突然、医療の現場に駆り出され、戦火を避けながら、
            次々と運び込まれる負傷者の手当に当たることになります。

            その時に感じたのは、
            すぐに対応しなければ生命の危険がある、夥しい数の傷ついた人々を前にして、
            急いで癒さなければという焦燥感、パニック、疲労、手に負えないという気持ち、
            終わりのない処置の無益な繰り返し、あきらめと絶望感、無力感、
            健やかな人が次々と負傷していく戦争の愚かしさ、平和への望み…。
            こんなことをするために医者になったのではなかったはず、という気持ち。

            これが、癒され解放されるのを待っていた
            直前の過去生のエネルギーでした。

            増え続ける負傷者と戦死者、
            もっと癒さなくては…、
            でも、治療し続けても、とても追いつかない
            …と思いながら、20代で死にました。

            外科医として体の傷を治す仕事の限界を感じていたと思います。
            平和は、人の心がつくりだすものだからです。
            心の平和をもう一度取り戻すために、今度は心を癒したいと願うのは
            自然な成り行きだとうなづけました。

            若くして亡くなっていたため、今生は「彼」の人生の続きなのだそうです。
            ほかの転生とは違って、あまりにも「彼」が自分自身の意識と重なっていたため、
            ゲリー・ボーネルに云われるまで、気付きませんでした。

            ゲリーのスクールが始まった直後から、「彼」の辛い気持ちと
            戦争は絶対にダメという感情が急浮上して耐え難くなり、
            意図を持って、葛藤を手放す呼吸法やワークを続けました。

            このプロセスには、ゲリーのほか、S * * のアバターたち、
            ジュディス・カーペンター、エンジェリック・アウトリーチのポーションも
            助けになってくれたことを付け加えておきます。感謝。

            私の場合、他者に対するセラピー・ヒーリングを始めた当初から、
            自分のやり方に確信や自信が持てないということは
            ほとんどありませんでした。

            その代わり、癒すことには、
            いつも「焦り」のような思いがつきまとっていて、
            もっと急いで、速くたくさんの人を癒さねば…という強迫観念、
            そして、自分の体力では手に負えないというオーバーワークへの恐怖も。

            これらが持ち主である「彼」の元に戻っていったのは、つい最近のことです。
            もう別の人生の続きではなくなり、
            自分自身のオリジナルの人生に戻って生き始めています。

            posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 13:58 | comments(0) | - |
            直前の過去生って、どの過去生 ?      前世を手放す
            0
              魂の輪廻転生から、
              多次元存在としての人間ということに目覚めて以来、
              自分の過去生というものは、
              本で読む有名人の伝記や小説などよりもよほどリアルに感じられ、
              自分の中のちょっとした好みや志向や衝動の
              深い原因や理由をより納得できるようになっていきました。

              とはいえ、最も大きくて重い、直前の過去生のエネルギーについては、
              長い間、気付かないまま過ごしていました。

              転生というものは、時間軸に沿って起こるものではありません。
              つまり、歴史上の時代に沿って、古代→中世→近代→現代のように
              過去から現在に向かって順番に並んでいるのではないのです。
              一例を挙げると、2300年にひとつの人生を終えた後、
              次の転生が、過去に当たる2008年、ということもあることになります。

              そうなると、おそらく「直前の過去生」には二つの解釈の仕方があって
              一つは、私たちに馴染み深い歴史上、現在に一番近い時代の転生、
              もう一つは、文字通り、今生のすぐ前に肉体をまとって過ごした人生です。

              また、転生に時間という概念を持ち込まないとらえ方もあり、
              その場合、全ての転生が、同時に起こっていることになります。

              話がややこしくなってしまいそうなので、
              ここでは、歴史的な時間軸のうち、現代に最も近い時代の前世を
              直前の過去生と呼ぶことにしましょう。
              (ちなみに今生のすぐ前の転生はどうやらレムリアだったようです。)

              ある時期から、自分や人を癒したいという漠然とした気持ちが出てきて、
              次第に、何としても、それをせずにはいられないというところにまで強まり、
              それ以外のことは考えられない、癒すことが生きている意味であり、
              この人生の目的ではないかと思うようになっていきました。

              そこで、毎週末のように、都内に出かけては、
              癒し関連のセミナーやWSに参加したり、本を読んで独学したり、
              自分自身の癒しに役立つことを思いつくままに続けていきました。
              結果として、転職してそれをやるという選択をすることになったのです。

              このプロセスの中には、実は、二つの問題が含まれていたことを
              後になって理解することになりました。

              ,海凌誉犬量榲、魂の青写真であった癒し
              直前の過去生でやり残したことを完了させるための癒し

              最初のうちは、二つが渾然一体となって自覚されていたのですが
              いずれにしても「自分を癒し人を癒す」ことにかわりはないため
              問題はなかったのです。
              posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 13:14 | comments(0) | - |
              未来をひらく鍵
              0
                JUGEMテーマ:日記・一般


                現在の自分を
                時々、奇跡のように感じることがあります。

                数年前のある時期には、毎日、不安と悲しみと怒りに苛まれ、
                心が重く、生きていることが辛くて、ハートは閉ざされていました。

                そのような状況から早く抜け出して、もっと進化していきたい、
                ネガティブな感情と思考を手放すことができるように、と 
                毎晩、祈り、さまざまな本に答えを求めて読みあさり、
                自分を浄化し、癒すワークを続けていました。

                そして、今。
                不安、怖れ、悲しみ、苦痛、サバイバル意識などはなく、
                心には、言葉にできないほどの大きな平和と安らぎがあります。

                本気になって求めるならば、道は必ずひらけ、
                宇宙からの慈愛に満ちたサポートを受け取れるのだということを
                身を持って体験し、実感したことになるわけですが、
                「本気で行動する」というところが
                欠くことのできない要素だと感じます。

                悩みごとや問題に圧倒されて、
                身動き取れないということは、あると思います。

                でも、悩んでいる状態にとどまり、次第に無気力になって、
                そのつもりはなくても、無意識に、
                自己憐憫的な気分をちょっと楽しんでしまうことも、
                人間ですからあるかもしれません。

                今日、たまたま、開いた本の中に
                次のような一節を見つけて、
                こんなことを思い出しました。

                あのバーバラ・ブレナンでさえも、
                これほどのエネルギーと意思を傾けて
                本気になって、真剣に努力を重ね、
                自分のプロセスに取り組んできたのだと思うと、
                ちょっと勇気付けられるような気がしてきませんか?

                私たちは、皆、同じ人間なのですから、
                バーバラがしたことは、あなたにも、
                きっとできるのではないでしょうか?



                +++++ ここから引用 +++++


                ……その最初の二年は、神聖な意志に集中した。そうするために自分の
                行動すべてが神の意志に従うものであるようにした。毎朝起きると、自分を
                神の意志に捧げ、それに従うことができるようにと祈り、瞑想した。…(中略)

                ……次の二年は神聖な愛に集中し、自己のあらゆる行為が愛に満ちるように努めた。
                毎朝、神聖な愛について学べるよう祈り瞑想した。これによって私は、自分の
                行動がしばしばあまり愛に満ちていないことに気づいた。個人セッションで、
                愛を自分の人生にもたらすことができるように取り組んだ。この二年間に
                ものごとはかわり始め、私はより愛情深くなり、人生に愛をもっと
                表現できるようになった…(中略)

                ……次の二年間は神聖な真実に集中した。それまでと同様に毎朝祈り、瞑想して、
                神聖な真実とはなにかをみつけようとした。それが私の人生に果たす役割と、
                それが自分の人生のどこに欠けているのか、どうしたらいっそうそれを
                もたらすことができるかを、非常な時間をかけて模索した。あらゆる状況で
                真実を見つけてその真実のために立ち上がることができるかどうか、自分に
                問い続けた。…


                +++++ ここまで引用 +++++

                バーバラ・ブレナン著  「癒しの光 下巻」 p.224

                霊能力に目覚めたバーバラが、その力をいったん封印し、
                まずは自分の成長に取り組もうとする、
                この前後の部分も、とてもおもしろいところです。
                興味のある方は、読んでみて下さいね。

                posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 21:42 | comments(0) | - |
                内なるパワー
                0

                  私たちは、不思議なめぐり合わせや、ふとしたきっかけに導かれて、
                  地球のアセンション(次元上昇)を知り、
                  意識の拡大や霊的な進化について、
                  偶然(のように)、誰かに話を聞くかもしれません。

                  対人関係のトラブルや、体調不良、
                  ストレスを解消しようと行動した結果
                  思いもよらなかったスピリチュアリティへの視野を
                  手に入れることさえあります。

                  私の場合、最初の一歩は、
                  「意図する」ことを促す、力強い要請でした。

                  目を覚まして、とにかく、意図しなさい。
                  意識的に行動すること。
                  意識を眠らせたまま、日常の中に埋没しないこと。
                  プレアデス系の本には、繰り返しこの言葉が書かれてあり、
                  ページからその部分が浮かび上がって見え、
                  何度も読み返したように記憶しています。

                  それから何年も経ち、意図することが常態となった最近、
                  いろいろな変化を経て、またしても、
                  さらなる意識の拡大を促されるエネルギーの中にいます。

                  11月頃から、地球に届いている、進化を促す強力なエネルギーのためか
                  私の個人的なプロセスが進んだ結果なのか、
                  ここ数ヶ月、シフトがきていて、いつものようには生活できず、
                  ペースを落として、毎日、調整を続けていました。

                  わかっていたつもりでも、まだ十分ではなかった、というか、
                  まだまだ、もっと意図的に、現実を創造する余地があるのだと
                  突然、目の前の壁が崩れ去って、
                  スペースが途方もなく、広がったような感覚を覚えています。

                  山登りをしている時は、
                  少しずつ、視界が広がる爽快感を味わいますが、
                  そんなにのんびりとしたものではなくて、
                  ジェット機の離陸か、ワープ(?)みたい。
                  いきなり外宇宙の果てしない広大さに圧倒される、そんな感じ。

                  特に、一月半ほど前あたりからは、
                  直前の過去生から持ち越してきていた葛藤が浮上し、
                  早死にしたその転生で感じた、焦燥や無力感、果たせなかった望み、
                  手に負えないという感覚、パニックの危機感などと向かい合うこととなり、
                  「戦争はやめて ! 」 という、
                  これまであまり自覚したことのなかった
                  潜在的な悲願もクリアになりました。

                  リリースのためのワークなどをしながら、
                  その時の不要なエネルギーが抜け出ていくにつれて、
                  密やかで静かな変化が感じられ、
                  今までの、自分が知っている自分が、希薄になっていくのがわかりました。
                  これからどうなっていくのか、ではなく、
                  最善、最高の進化を、しっかりと意図していくつもりです。

                  内なるパワー。
                  自分は、自分が思っているよりも、さらに大いなる存在であること。

                  インナーパワーを信頼し、
                  恐れや抵抗なく、それを使っていくことができるなら、
                  望む現実の創造は、思いのままです。

                  そう理解し、実践しているはずでも、
                  いつの間にか、自分以外の何かに、パワーを預けてしまいそうになったり、
                  インナーパワーをうっかり忘れ、古い行動パターンに舞い戻っていたり…。
                  気づいて、愕然とすることはないでしょうか?

                  無力であると信じ込んだことから、疑心暗鬼になって、
                  サバイバルのために、お互いをコントロールしたり、
                  他者・権威・コミュニティなどの庇護や承認や安全の保障を
                  求めずにはいられなかった暗黒の時代には、幕を下ろす時です。

                  『何かを恐れるということは、現実を創造する自分の能力を否定すること。』
                  という「アセンション・ハンドブック」(ナチュラルスピリット刊)の一節を
                  思い出しましょう。

                  posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 20:05 | comments(0) | - |
                  メッセージを受け取る
                  0
                    早朝(だったと思います)、
                    夢に近い半眠半醒状態、
                    懇々とやさしく諭す雰囲気のメッセージがやってきていました。

                    ひとつ語られるたびに、
                    私の意識にそれが直接入ってきて
                    「そうか!! わかりました〜。」 となって、
                    ゆっくりと、数回、それが繰り返されました。
                    語られるといっても、音声としての声が聞こえるわけではないのですが。

                    これが、よくあるタイプの受け取り方。
                    私は視覚タイプではないので、
                    ただ、わかる、という感じです。

                    その後で、はっきりと目が覚めて、
                    記憶をたどりながら、受け取った内容を思い出してみると、深く納得。
                    何かにメモしておかなければ…と思いつつ、
                    寒さと眠気のため、また眠ってしまいました。

                    最後のメッセージは、目覚める直前だったため、
                    はっきりと記憶に残っています。

                    「どんなことも、時が経過することで、
                    その深い意味が自然に理解できることがある。
                    だから、マインドで性急にあれこれと分析したり、
                    あわてて結論付けたりしない方がよいだろう」
                    というものでした。

                    こんなふうに書いてみると、当たり前のようで、
                    なんだか可笑しくなりますね。(その時は至って真剣)
                    でも、今、私に起きていることに対しては、
                    確かにそのとおり、と腑に落ちて、うなづけるのです。

                    目覚めている時は、言葉ではなく、
                    直接的な衝動としてやってくることが多いです。

                    たとえば、頭では、日程的に厳しいとか、
                    無理だとか、やめておくべきだとか
                    しっかりと意思が固まっているはずなのに、
                    どうしたわけか、つい(?)、 已むに已まれず、
                    どこかへ出かけたり
                    ワークショップなどの問合せや申し込みをしている、といった感じ。

                    実は、スクール初日のこと、
                    出かける準備が整い、自宅を出ようとする5分ほど前に、
                    これまでにあまりなかったタイプの、厳かなメッセージがきました。
                    それは、日本語の言葉でした。

                    「このスクールで、あなたは○○○に出会います。」

                    心待ちにしていたスクール開始、
                    その時のワクワクした気分とは、あまりにも相容れない、
                    そして、予想もできないような内容だったため、
                    とりあえず「保留」とし、深く吟味してみることもなく、
                    何かの間違いか、
                    下位アストラル界からの幻惑である可能性もあると思っていました。

                    けれども、6ヶ月が経過した現在、
                    実際に学んだプロセスを振りかえってみると、
                    それは現実に対する完璧な予告だったことに気づいて
                    ゾクゾク(!) しました。

                    実は、このスクールで、何を受け取ることができるか
                    その数日前に、質問を投げかけておいたことを
                    最近になって思い出しました。

                    ○○○は、ネガティブな抽象名詞。
                    必要と必然があって、それと出会い、
                    自分自身の本質を知り、この世界をよりリアルに見るための
                    貴重な学びをすることができました。

                    スクール在籍中の、2007年晩秋頃から、さまざまな形で
                    これまでよりも頻繁にメッセージがやってくるようになりました。

                    意図をもって問いかけをすれば、答えは必ずやってくると思います。
                    いつでも、大いなる存在に守られ
                    導かれていることを実感している毎日です。
                    JUGEMテーマ:日記・一般


                    posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 14:15 | comments(0) | - |
                    「葛藤」の日々
                    0
                      葛藤があると進化が阻まれ覚醒が困難となると
                      ゲリー・ボーネル氏は云います。

                      いわゆる悪事をはたらいても、
                      葛藤さえ持たなければOKなのだそうです。

                      スクールにおいても、「自分とは何か」を知るために、
                      まずは、葛藤という葛藤を、総棚卸しすることが奨励されます。

                      自分の内なる葛藤のリストを作り、じっくりと眺め、
                      解放のためのワークを続けていきます。

                      この作業には、最初の頃は、不思議な快感があり、
                      そして、たいへんなエネルギーが必要でした。

                      来る日も来る日も、自分の内面と向かい合う…、
                      そうすると、私の場合、世の中で起きていることが遠くなっていき
                      人との距離も、大きく開いていきます。
                      日常の雑事も仕事も手に付きません。

                      気分は鬱々と落ち込み、エネルギー・レベルが下がり、
                      真っ暗な洞窟にこもっているかのような、自己省察の日々。

                      これは葛藤だろうか?
                      こちらの方こそ葛藤かもしれない。
                      ここにもあった! ほかにもあるはずだ。
                      …と探し続けていきます。

                      数え上げた葛藤をまとめたレポートに対しては、
                      さらに、スクール側からのコメント(駄目出し?)。
                      かなり強制的ですね(笑)

                      ストレスだらけ、もう嫌だと思いながらも
                      始めてしまったことなので仕方なく(?)
                      葛藤の奥にある、より本質的な葛藤へと
                      ひたすら探求を続けました。

                      そのうちに、不思議なことですが、
                      リストアップした数々の葛藤を見直してみても、
                      もうそれが葛藤とは感じられなくなっていることに気付きました。

                      さまざまな葛藤のコアとなる、最も大きな葛藤に行き着けば、
                      多くの細かい葛藤は消えていくようです。

                      心身共に消耗し、くたくたになって、
                      このプロセスが一段落した時、
                      ひとつのはっきりとした夢を見ました。

                      その夢の中で、
                      私は、ある架空の出来事の渦中にいたのですが、
                      おかしなことに、実際には存在していないのに、
                      それがあたかも葛藤であるかのように
                      深刻に苦しみ、悩み続けていたのです。

                      葛藤に集中して取り組んでいるうちに、
                      どうやら、自分のマインドで、
                      実際にはない葛藤をも作り出してしまったようです。

                      posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 16:17 | comments(0) | - |
                      学校が好き?
                      0
                        2007年は、今まで気付くことのなかった内なる葛藤と出会い、
                        意識化し、手放すことができました。

                        葛藤や過去世からの不要な感情など
                        ネガティブなものばかりというわけではなく
                        さまざまな気付きやビジョンも数多く。

                        進化の自然なタイミング、
                        プラス「ミスティカル・ノウイング・スクール」の
                        ハードな課題レポートのおかげです。

                        そのうちのひとつは、学校に対する思い。

                        学校は好きですか?

                        大学を卒業し、就職試験が終わった時、
                        もう、テストもレポートもない! と喜んだことを思い出します。

                        しかし、現実にはそうはならず、
                        その後、趣味の某国語検定試験をはじめ
                        幾つかの資格試験を受けることに。
                        さらに、ヒーリングの分野では、
                        某エネルギー・ワークのアドバンスコースに、
                        義務付けられていたレポート提出と卒業論文。
                        そして、昨年の「ミスティカル・ノウイング・スクール」へと続きます。

                        振り返ってみれば、最初の頃は、好きなだけに、
                        ほとんど違和感を持つことなく、難なくクリアしていました。

                        しかし、水面下では、何かが着々と解放されつつあったようで、
                        2007年になり、スクールに在籍中、
                        自分がこういったシステムを
                        許容できないところまで変化していたことに
                        気付くことになったのです。

                        一生懸命努力して、頑張って、
                        レポートを規定の期限内に仕上げ、提出して、
                        テスト勉強をして、テストに合格し、
                        単位や資格の認定を受ける…、
                        というのは、現代の一般的な学校のシステムかもしれません。

                        渦中に浸りきって繰り返しやっていくうちに、
                        次第に無感覚、自動反応的になる一方、
                        無意識では、
                        これを受け入れないといろいろな面であまり嬉しくない結果になる、
                        ということをわかっているのかも。

                        まあ、こんなものか…、と思いながら
                        小学校から始まって、少なくとも義務教育の間、
                        多くの場合、高校か大学卒業までは、
                        このシステムの中で過ごし、サバイバルします。

                        そして、場合によっては、社会人になった後も…(?!!!)
                        ユニティに向かいつつある今…(だというのに!)

                        このシステムには、画一性だけでなく、
                        分離のサイクルの二元性が見えます。
                        たとえば、全員が同じ時期に、同じペースで、
                        選択の余地なく同じ課題。
                        ある時点で、優れている・劣っているというふうに評価を行い
                        前者は認定して資格を与える。

                        レムリアの古い記憶か、
                        または未来世のビジョンなのか、定かではありませんが、
                        今、私がみる学校のイメージとは、
                        誰もが、自分に合った学びの方法を選び、
                        学びたいことを、自発的に、楽しく、自由に、デザインする。
                        互いに比較しあう必要がなく、他者から管理・監督されることもなく、
                        外側からの評価によって優劣をつけられることもないというスタイル。

                        その前提として、
                        ひとりひとりが、何かを頑張って成し遂げなくても
                        存在そのものを価値あるものとして認め合い
                        誰もが、個性や才能を、その人に合ったペースと方法で開花させ
                        在るがままで互いに貢献しあっているユニティの共同体があるはずです。

                        学びとは、本来、自発的なものではなかったでしょうか?
                        人が何かを学ぶ動機は、
                        本当にそれをやりたいから、ということに尽きると思います。

                        12年〜20年くらい、画一的で旧式の学校のスタイルに適応した後、
                        大人になっても、これに疑問を感じることなく、
                        別のシステムの可能性に意識をひらくこともなく、
                        あえて自ら進んでこれを続けるのだとしたら、
                        それは、来るべきユニティの世界に向かって自分を進化させるために、
                        古くなった葛藤を浮上させ、無意識に解放しようとする
                        最後のもがきであるように思われてなりません。

                        そういう意味では、深くて重要な意味と目的があることになります。

                        成人してからの学びは、
                        慣れ親しんだ古い学校制度のシステムほどは
                        強制力がないだろうと思い込んでいたのですが
                        2007年7月、スクールに入学し、思いがけず、
                        久しぶりに、学生時代のような日々が始まりました。

                        毎日ワークを行い、
                        毎週、提出期限までにその課題レポートを提出する、
                        おまけにそのレポートに対する駄目出しまである、
                        これは、事前に予告されていないことでした。

                        次々に課題をこなす、慌ただしく忙しいスクールライフを、
                        数ヶ月の間、続けているうちに、
                        かつての自分とはすっかり変わった意識に気づき、
                        学校観を再確認できたというのは
                        逆説的な成り行きであり、ちょっと皮肉な感じもしています。

                        posted by: HIFUMI | スピリチュアル・ウェイ | 14:00 | comments(0) | - |